「悪魔の証明」が悪用され、ネットでの誹謗中傷が加速

ディベートの世界には「悪魔の証明」という言葉があります。

存在していない事象を完全に無い、と証明する事は現実的には不可能であり、ディベートの分野で相手に対して「悪魔の証明」を強いる事は、絶対にしてはいけないタブーです。

議論に慣れたベテラン同士であれば、言わばスポーツの反則事項のように、自然とその点を理解しています。

しかし、アマチュアが議論をする際は、ちょっとした事がきっかけで、意見が対立する相手に対して、悪魔の証明を強いる事が起きます。

また最近では、いわゆるテレビのワイドショーなどが政治家や有名人に対して、悪魔の証明を強いる事も増えて来ました。

悪魔の証明は名前こそ恐ろしいものですが、議論のテクニックとしてはむしろ簡単なものであり、詭弁の一種でもあります。

ただ、ワイドショーのコメンテーターや現場レポーターといった影響力がある人物が、攻撃的に渦中の人物を追及する様子は、非常にテレビ的に画になります。

また詭弁はディベートに慣れた人物であれば、そのトリックを瞬時に見破れますが、テレビの信用力なども手伝って、コメンテーターや現場の記者が悪魔の証明を強いている実態は、なかなか見破れません。

悪魔の証明の実例

痴漢冤罪などが分かりやすい事例ですが、疑いがかけられた側が無罪の証明を自らする構造は本来、おかしいです。

悪魔の証明もまた痴漢冤罪のように、政治家や有名人が一方的に事実無根の誹謗中傷を投げかけられた時、対処する事が原理的に出来ません。
悪魔の証明のずるい点は、悪い事をしたという証拠はいくらでも用意できる点です。

「政治家Aは賄賂を受け取ってたと思う」や「政治家Aは最近何かに悩んでいた風に見えた」や「事情通の専門家によると政治家Aが賄賂をもらっていたため、党内の重要ポストに就けた」等、こういった一個人の憶測に近い意見や伝聞、そして印象などをかき集めて報道すれば、実態は収賄事件が起きていなかったとしても、ネットの人々にはさも政治家Aが賄賂をもらって悪事を働いていたように印象を与えられます。

また記者が政治家Aに対して、悪魔の証明を強いる事でメディア的には必死に弁明をする姿が撮影出来ます。

あそこまで必死に自分の無罪を訴えるという事は、逆に賄賂をもらっていたに違いない、こういった印象を更に演出出来ます。

悪魔の証明という詭弁的なテクニックは本来禁じ手なのですが、メディアやネットでは常態化しており、簡単に特定の人物への誹謗中傷を加速させられるため、近年では残念ながら多くの記者やネットユーザーが使ってしまっています。

※「誹謗中傷サイト対策」より一部引用